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日夜浮かぶの翻訳雑感

魯迅の翻訳と訳者の雑感 大連、京都の随想など

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9.特化か普遍化か?

9.特化か普遍化か?
 ここに来て、大問題にぶつかる:中国語は各地ごとに大きな違いがあり、大きく分けただけでも、北方語、江浙語、両湖川貴語、福建語、広東語の5種あり、この5種も更に小区分があり、今ラテン語で書くとすると、普通語か土語か?普通語を書こうにも多くの人々は書く事も出来ず:土語だと他の地の人は読めないから、却って隔絶が起き、全国に通用している漢字に及ばない。これは大きな弊害だ!
 私の考えは:当初の啓蒙期は、各地は各地の土語を書き、他の地方と意思が通じないのは気にしない。ラテン書法を使う前は、我々の識字できぬ人々は、もともと漢字で互いに通じる音を持っていなかったのだから、新たな短所は何もなく、新しい長所があり、少なくとも同じ言葉の地域なら、互いの意思の交換ができ、知識を吸収し――それは当然一面では、ある人たちが有益な本を書かねばならぬが。問題はこの各地の大衆語文の中から、将来それを特化するか、普遍化するかである。
 方言土語には大変意味深長な言葉があり、私たちの所では「煉話(よく練られた言葉)」
というが、とても面白く、丁度文語に古典を引用する如く、聞く方も興味をそそられる。
それぞれに方言があり、語法と語彙は更に煉って発達させるのが特化だ。これは文学にはとても有益で、それは一般的なありきたりの文章より面白いが、特化には危険性もある。私は、言語学は知らぬが、生物では一度特化すると往々にして滅亡する。人類出現前の多くの動植物は、余りにも特化したため、可変性を失い、環境が変わると対応不能で、滅亡する他なかった。――幸い我々人類は、まだ特化した動物にはなっていないから、心配しないでよい。大衆は文学を持っているし、必要としてもいるが、文学の為に犠牲になってはいけない。さもないと、その荒唐無稽さと漢字保存のために、80%の中国人を文盲にし、殉難させてきた、活き聖賢と何ら変わることは無い。従って、思うに、啓蒙の段階では、方言を使うが、一面では徐々に普通の語法と語彙を取り入れて行くのが良い。まず固有のものを使うことは、その地方の語文の大衆化で、新しい物を取り入れるのは全国的な語文の大衆化だ。
 読書人が数人書斎で話して出した案は大抵通用しないが、すべて自然の流れに任すのもよくない。今埠頭や公共機関で、また大学で確かに一種の普通語(共通語)らしきものがすでに出て来たようで、みんなが話すのは「国語」ではないが、北京語でもなく、夫々郷土の音調を帯びているが、方言でもないし、たとえ話すのに苦労したり、聞く方も苦労するが、なんとか話せるし、聞いて分かる。整理して発展させてゆけば、大衆語の一つとなり、将来さらに主力となるかもしれない。私は方言は「新しいものを取り入れてゆく」と言ったが「新しいもの」の来源はここにある。こういう一種の自然に出て来、更に人工の方言を加えて普遍化すれば、我々の大衆語文は大体において統一したことになるわけだ。
 今後もこれを継続してやるのだ。年月を経れば、語文は更に一致し「煉語」と同じように良いものになり「古典:より活き活きとしたものになり、徐々に形成されて文学は更に精錬を加えることになろう。直ぐにはできない。考えてみてください。国粋家が宝とする漢字は3-4千年かけてやっとこんな程度の結果しか出せなかったじゃないですか。
 それでは誰に始めてもらうか、という問題だが、言うまでもなく:覚悟のできた読書人です。一部の人は「大衆の事は大衆自身でやるべし!」という。勿論それはその通りだが、どういう人がそれを言っているのかを見なければならない。それを言ったのが大衆うならそれはある面で正しいし、正しいのは自分でやろうとする点だが、間違っているのは協力しようとする人を排除してしまうことである。
もしそれを言っているのが読書人なら、話しはまったく違ってくる:彼はきれいごとを言って、文字を把持し、自分たちの尊厳と栄光を守ろうとしているのだ。

訳者雑感:埠頭とか公共機関(役所を含め)大学などには全国各地からいろんな方言の人が集って来て、それぞれが意思の疎通のために、共通語・普通語に近いものを話し始める。
それが上海や北京などの大都会で始まった。1970年代にシンガポールに住んでいた頃、やはり世界的な埠頭であるシンガポールには、マレー人やインド人(主にタミ―ル人)がいたが、共通の言葉は英語であった。しかし人口の80%を占める華人の多くは中国各地から来ていて、多くは英語はしゃべれず、華人の世界でも広東語・福建語・客家語・海南語などお互い通じない方言では意思の疎通ができぬので、「華語」(HuaYu)と称して、北方語を自分の方言の訛りを濃厚に残しながらも使っていた。魯迅の活きていた1930年代の上海は丁度1970年代以前のシンガポールに似ているかと思う。
    2013/10/15記

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