忍者ブログ

日夜浮かぶの翻訳雑感

魯迅の翻訳と訳者の雑感 大連、京都の随想など

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

コメント

現在、新しいコメントを受け付けない設定になっています。

涼しい朝に

涼しい朝に    孺 牛
 張献忠(明末の農民起義の首領)の伝説は全国各地に残っていて、
奇怪な人物だと思われていることが分かる。
私も以前彼はとても奇怪な人物だと思っていた。
 子供のころに見た「無双譜」は清初の作で、歴史上、特異な人物をとりあげ、
画と詩にしているが、その中に悪党はいないようだ。
私は歴史上、きわめて特異で、中国人の性格を示す人物を選んで「人物史」を
書こうと思った。
英国のカーライルの「英雄と英雄崇拝」米国のエマーソンの「偉人伝」のように。
ただ、善悪両方ともいなければと思い、雪をかじって苦節に耐えた蘇武、
身を棄てて求法した玄奘、「渾身の力を尽くし、死して後止む」孔明などだ。
その一方、古法を妄信して「死んでやっとやめた」王莽、
半は真剣、半は冗談じみた変法をした王安石も入れる:
張献忠も当然入れる。だが、今はそれを書く気は無い。
「蜀碧」のような本は張献忠が人を殺すのをたいへん詳細に記すが、とても散漫で、
「芸術の為の芸術」のように、専ら「殺人の為の殺人」をしているように見える。
だが実際、彼には目的があったから、初めはあまり殺さなかった。
目的とはもちろん本人が皇帝になろうとしていたからだ。
後に、李自成が北京に入城し、次いで満州族の兵隊が山海関に入り、
自分にはもはや没落の路しか無いと知り、殺人を始めた…殺、殺……。
天下はもう自分のものではないことがはっきり分かったから。
今や自分の物ではない物は、めちゃくちゃに壊すだけである。
これは末代の皇帝が死ぬ前に祖先伝来の或いは自分の集めた書籍骨董宝物を、
焼き尽くす心情と同じである。
彼には兵隊はいるが、骨董は無い。だから殺す、殺殺殺(シャーシャーシャー)…。
 ただ兵隊を保持するために、殺人を続けたに過ぎぬ。
平民を殺し尽くしてしまうと、多くの腹心を兵隊の中に忍び込ませ盗聴させた。
不満をもらすものを捕えて、その一家全員を殺した。
(彼の兵士は所帯を持っていたようだが、捕虜にした婦女だろうか:魯迅注)
殺すことで兵を治め、兵を使って殺し、自ら果てた。
こうして一同が滅亡の末路をたどることになった。
我々は他人の物や公共の物を、余り大切にしないのではないだろうか。
 だから張献忠の挙動は一見とても奇怪だが、極く平常なことである。
奇怪なのは、殺された人々の方で、なぜ手をこまねいて、首を差しだし、
彼に殺されるままになっていたのか。
 
必ず清朝の粛王がやってきて、彼を射殺してくれる、
そうしたらその奴隷になって救いを得ようなどと考え、
それは前世からの定めだと言いだして、
所謂「簫を吹くに竹は要らぬ(粛を指す)、一矢以て胸を貫通」
するという予言なのだが、思うに、これは後人が後に作ったものであろう。
当時の人が本当はどう思っていたか分からない。 7月28日
 
訳者雑感:
 原題は「晨涼漫記」で、晨(朝)の涼しい時に書いたにしては物騒な話だ。
夜型の魯迅が7月28日という真夏の上海の朝に涼しさを感じたのであろう。
確かに蒸し暑いが、大陸性気候は北からの風が吹くと涼しく感じる時もある。
 当初は農民起義の指導者で、後に殺し尽くしたという悪名の張献忠の故事は、
清朝になって書かれた「蜀碧」の影響で、これでもかこれでもかと人を殺し、
最後にはホンタイジの長男の粛王の攻撃を受け、一矢胸を貫通して死んだ、
とあるが、魯迅はなぜ彼の兵隊たちがその前に反旗を翻さなかったか、
と疑問を呈している。
 それはすべて後の為政者(ここでは清朝)が、
張などの悪党が如何に悪であったかを強調するために書いた
「物語」に過ぎないかを示している。
予言として「簫を吹くに竹は要らぬ(粛を指す)、一矢以て胸を貫通」
などというたわごとは、後付けの偽作だということは明明白白で、
粛王などという漢字名は満州族の王族が、清になってから使い始めたものだし、
ヌルハチ、とかドルゴンなどを見れば一目瞭然だ。
 尚出版社注には、張献忠は生け捕りにされて斬之という記述と、
病死したという記述が「明史、張献忠伝」と「明史記事本末」で異なる、とある。
 中国の人物史は次代の史官が書くので、往往悪物は頗る付きの悪にされるようだ。
確かに30年代から45年まで、日本は中国を侵略したし、悪いことを沢山やった。
それは否定できぬ事実だが、それを次いだ為政者は、
徹底的に「悪」として記述しないと自己の正当性を保てないようである。
張献忠と同じように日本の軍隊は頗る付きの悪なのだ。殺殺殺。殺殺殺。
涼しさを越して、ぞっとするほどである。
        2012/06/06訳
 
 
 
 
 

拍手[2回]

PR

コメント

お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字

カレンダー

06 2024/07 08
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31

フリーエリア

最新CM

[09/21 佐々木淳]
[09/21 サンディ]
[09/20 佐々木淳]
[08/05 サンディ]
[07/21 岩田 茂雄]

最新TB

プロフィール

HN:
山善
性別:
非公開

バーコード

ブログ内検索

P R