忍者ブログ

日夜浮かぶの翻訳雑感

魯迅の翻訳と訳者の雑感 大連、京都の随想など

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

コメント

現在、新しいコメントを受け付けない設定になっています。

「奔流」編集校正後記

1928-29年 「奔流」編集校正後記
 創作は自ら彼自身を証明するが、翻訳も訳者は自らを説明している。今編集した後で、思いついたことを記す――
イワン・ツルゲーネフは早くから小説で世に知られているが、論文はとても少ない。この「ハムレットとドンキホーテ」は大変有名で、彼が人生をどう見ていたかが分かる。「ハムレット」はすでに中国語に訳されており、余計なことを言う必要もないが:「ドンキホーテ」は林紓が「魔侠伝」で文語訳を出しているのみだが、前半だけで、何節か削っている。この2年来、梅川君が「ドンキホーテ」の翻訳熱を高めたからまもなく読むに値する訳が出ることを願う。たとえその中の閑文は略さざるを得ぬとしても。
 「ドンキホーテ」は千頁近くあるが、内容は大変簡単で、彼は任侠小説が好きで、任侠狂いとなり、いろんなところに出かけて邪悪を除こうとして、釘にぶつかり、数々の笑い話を起こして死ぬ:死に臨んではじめて彼の本来の自分を取り戻した。だからツルゲーネフは何の煩悶することもなく、専ら理想に従って勇猛に前向きに物事に取り組むのを「ドンキホーテ式」とし、一生瞑想し、懐疑して何もしないのを「ハムレット式」として対照している。後にまたある人が、専ら理想に従って取り組む「ドンキホーテ式」と相対して、現実を見定めてから勇猛に進んで物事を成すのを「マルキシズム式」と称している。中国でも今、ある人は「ドンキホーテ」だと騒いでいるが、実はこの本を読んでいないから実態は違う。
 「大旱の喪失」はEssayで作者のバックグラウンドの詳細は、1902年に亡くなっていることしか知らぬ。Essayは訳しにくいがここでは一つの格式として紹介しようと思う。将来もしこの類の文章が得られたら、載せて行こうと思う。
 Vasco族は古来スペインとフランスの間のピレネー山脈の両側に住み世界で謎の人種とみられている。バロヤはこの民族の血をひき、1872年12月28日フランス国境に近いサンセバスチャン市に生まれた。元は医者で小説も書き2年後、彼の兄Ricardoとマドリッドに行き、パン屋を6年やった。今Ricardoは
有名な画家だ:彼は大変独創的な作家で、早くもVincente Blasco Ibanezと共に現代スペイン文壇の巨星と称されている。彼の著作は大体40ほどあり、多くは長編だ。ここでは小説4篇を日本の「海外文学新選」第13篇「ヴァスコ牧歌調」の永田寛定の訳から重訳した:原名は「Vidas Sombrias」で、内容はヴァスコ族の性情で、日本語訳の題名を使った。
 今年は「近視眼で扁額」を見るというと、批評家を自任している人は郁郁と楽しまぬようで、その反発を受ける。冤罪を蒙らぬ為に著者に替って少し弁明をするしかない:この物語は民族の伝説で作者はそれを取り上げて「狂言」として編集したようだ。一昨年の秋、「波艇」に載せようと準備していたが、もしこれが避評家に不評を買うことがあるとすれば、それは実際、大衆の目はたいへん明るく、共通の暗部の病気を見つけだせるからで、伝述者を咎めることはできない。
 ロシアの文芸に関する争いは、「ソビエトロシア文芸論戦」で紹介したが、ここで「ソビエトロシアの文芸政策」は実はあの部分の続編といえる。前の本を見れば、本編はよくわかる。序文には立場として3派に分かれるが、要約すると2派に過ぎぬ。即ち、階級文芸について、1派は文芸に偏重し、ワランスキー等は階級に偏重し「持ち場にて」の人々:ブハーリン達は当然ながら、労働階級作家支持を主張し、最も大事なのは創作だと考えている。発言者の中に、何人かは委員で、ボロンスキー、ブハーリン、ヤコブレフ、トロツキー、ルナチャルスキー等:又「鍛冶工廠」の1派もあり、プレトニヨフの如き:最も多いのは「持ち場にて」の人々でバルデン、レレビッチ、アベルバッハ、ロドフ、ベサメンスキー等で「ソビエトロシア文芸論戦」の訳中に、「文学と芸術」の後に皆署名がある。
 「持ち場にて」派の攻撃は殆どボロンスキーの「赤色新地」の編者に集中し:彼の「生活認識としての芸術」に対し、レレヴッチは「生活組織としての芸術」を書いて、ブハーリンの定義を引用し、芸術で以て「感情の普遍化」の方途とし、又、ボロンスキーの芸術論、すなわち超階級的と指摘している。これは評議会の論争に見られる。だが後に、蔵原惟人が「現代ロシアの批評文学」で言うように、彼ら2人の間の立場は少し近づいたようで、ボロンスキーは芸術の階級性の重要さを認識し、レレヴッチの攻撃も以前より緩和した。現在、トロツキー、ラデックは皆放逐され、ボロンスキーも略引退し、状況も大きく変わってきた。
 この記録で労働階級文学の大本営たるロシアの文学理論と実際情況が見られ、今日の中国にとっては多分無益では無かろう。その中の幾つかは空字があり、原訳本の通りで、他国の訳本もないので、敢えて妄りに補充しなかった。原書をお持ちの人がいれば、郵送いただければ幸いだし、間違っている個所を指正いただければ必ずすぐ補正します。
              1928年6月5日  魯迅


訳者雑感:これは全部で12段あり、本文は36頁、注が21頁で174項目ある。
 1928年6月号から29年12月まで発行された月刊誌で、魯迅と郁達夫が編集した。最初編集後記としていたが、校正も加えられたので名前を修正した由。
 魯迅たちは外国の文学・文芸を真剣に翻訳して中国に紹介しようとした。その情熱が伝わってくる文章である。
 彼は絵画や版画が好きで、画像は世界の共通語で理解の大きな助けになると指摘し、いいものを翻印している。
 手元に、1994年版の「1930年代 上海 魯迅」という本がある。町田市立国際版画美術館が発行したものだ。191頁に頁数以上の版画がある。1930年代にカラ―印刷のグラビアなどはあったかどうか知らぬ。あったとしてもとても高くて(白黒写真に色をつけた絵葉書のようなものはあっただろうが)庶民には手が届かなかったであろう。そうした時代でも版画や画像は白黒だけでも、異国の文物と人間の生きざまを理解するのに大いに与って力を発揮したことだろう。あと11段、どのように展開するのか。
   2015/05/14記
 


 

拍手[0回]

PR

コメント

お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字

カレンダー

06 2024/07 08
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31

フリーエリア

最新CM

[09/21 佐々木淳]
[09/21 サンディ]
[09/20 佐々木淳]
[08/05 サンディ]
[07/21 岩田 茂雄]

最新TB

プロフィール

HN:
山善
性別:
非公開

バーコード

ブログ内検索

P R