近頃の読書人はしばしば中国人は大皿に撒かれた散沙のようだと嘆じ、何とかしようとも考えず、こんなに悪くなった責任をみんなのせいにする。しかしこれは大部分の中国人への冤罪である。小民は無学だし、ものの見方も不明な点が多いが、自分たちの利害に関わると知ったら、どうして団結しないということがあろうか。かつては跪香という請願の方法があり(役所の前で跪いて香を焚いて冤罪を訴えること:出版社注)、民変、造反もあった:現在も請願等がある:彼らが沙のようにばらばらなのは、支配者にうまく「治め」られているからで、文語で言えば「治績」されているのだ。
では中国にはまとまった沙はないのだろうか?あるにはあるが、それは小民ではなく、大小の支配者だ。
またよく「昇官して蓄財する」というが、この二つは並列ではなく、昇官しようとするのは、只只蓄財のためで、昇官は蓄財の手段にすぎぬ。だから官僚は朝廷に依存しつつも、決して忠義的ではなく、吏卒も役所に依存しつつも、役所を守らず、ボスが清廉な命令をしても手下は決してそれを聞かず、「ごまかし」で糊塗する。彼らは自分のため、自利の沙で、身を肥やせるときはせっせと肥やし、それぞれが皇帝で、尊大になれるところでは尊大になる。ある人達がロシア皇帝を「沙皇」(ツアーリの漢訳)と訳し、この輩に贈ったのは実に的確な尊号である。財はどこから来るか?小民の身から搾取するのだ。小民が団結すると面倒なことになるので、あらゆる手立てを講じて、散沙にしておかねばならぬ。
沙皇が小民を治め、全中国は「大皿に撒かれた散沙」になった。
しかし沙漠以外にも団結した輩がいて、彼らは「無人の境に入るが如く」に侵入してきた。(沙漠はロシア、それ以外は日本を指す:出版社)これが沙漠上の大事変。この時、
古人は極めて適切な二句の比喩をつくり「君子は猿と鶴、小人は虫と沙」と呼んだ。その君子たちは、空を舞う白鶴でなければ、木に上る尾長猿の如しで、「木が倒れたら尾長猿も
散じる」となるが、他の木もあるので苦しみはしない。地上に残ったのは小民の蟻と泥沙で、踏みつぶしても何の問題も無い。彼らは沙皇に刃向えないのだから、どうして沙皇に
勝った相手に敵対できようか?(ロシアに勝った日本のこと:出版社)
しかしこの時にどうしても一言云い出す者がおり、小民に厳重な質問を発し:「国民は何を以て自分を処すべきか」とか「国民に問う、何を以て善後策とするや!」と。忽然「国民」を思い起こし、他は何も言わず、彼らにこの質問に答えさせようとするが、それは手足を縛った人間に向かって、強盗を捕えろと要求するに等しくないか?
但しこれは正に沙皇治績の後ろ盾の下で、猿が鳴き、鶴が啼いた尾声で、己を肥やす尊称の余に、必然到来する最後の一着である。 7月12日
訳者雑感; 大皿に撒かれた散沙と言われた小民。沙漠から中国に侵入してきたツアーリの軍とそれに勝った日本。それらを後ろ盾に、蟻の小民を搾取する猿や鶴。イソップ童話になぞらえているようだ。 2012/03/05 啓蟄、雨の朝 訳
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