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日夜浮かぶの翻訳雑感

魯迅の翻訳と訳者の雑感 大連、京都の随想など

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青年と父親

青年と父親    敬一尊
 「欧風東漸」で、中国の道徳が地に落ちたといわれている。
とくに近頃の青年は、父親を馬鹿にするようになった。
大きな心得違いだと思う。いろんな例からみて、父親は青年にとって、
確かに助けになり、有益である。それは「文学修養」のためだけではない。
 古い文章に――書名は失念した――ある道士が不老長寿の術を有していて、
百才を越えているが「若い美青年」のようで、20歳前後に見えた。
この活神仙が名士たちを招宴している時、突然、髪もヒゲも白い老人が現れ、
彼にお金をせがみに来た。彼は老人を罵って追いかえした。
みんなはびっくりして不審に思っていると、活神仙は慨然として言った。
「あれは私の倅で、私の言う事をきかず、修業もしないので、
60歳前なのに、老けこんでしまってあのざまだ」と。
みなはその時はたいへん感動したが、後に、実は道士の父親だと知った。
 もう一つ新しい文章に――「楊某の自白」というのがある。彼は志ある人で、
学説もたいへん正しく、空話をするだけでなく、実行に移す。
しかし、いくつかの(ソビエト)地区で老人が苦しんでいるのを見て、父親を思い、
たとえ彼の理想が実現しても、父親を楽隠居させることはできないし、
相変わらず苦しまねばならないと思った。そこで更にもっと正しい学説を得て、
元の理想を捨てて、孝行息子になった。(社会主義から転向したとの意)
父母が早逝していたら、学説はこんなうまく、立派なものになったろうか?
これも父親が青年に役に立つ点ではなかろうか。
 では、早く父を亡くした青年はもう方法がないだろうか?
私はあると思う。やはり古書を調べねばならぬが。
もう一篇あり――書名失念――老女が飯を乞うていると、忽然、金持ちが現れ、
彼女は長い間、生き別れていた母だとし、彼女の方も人違いをそのままにして、
彼の母親になった。
その後、息子が娘を嫁がせるとして、母親と宝飾店に金の飾りを買いに出かけ、
彼女が気に入ったものを女房に見せるためにといって手に取り、母には引き続き、
他のものを選んで欲しいと言い残して去った――、それから彼は戻ってこなかった。
 これはやはりあの道士に学んだようで、必ず実際の物が必要なやり方だ。
ただ単なる自白の類は、父がいなくても、たいした影響はない。
以前ある人が「虚君共和」を提唱したことがあり、今「親がいない孝行息子」
がいて何の問題があろうか?(康有為が君を虚にした共和制を唱えた:出版社)
張宗昌(軍閥で尊孔読経を提唱した)は孔子をとても尊敬しているが、
彼の邸宅に「四書」「五経」があるとは限らぬと思う。
     11月7日
訳者雑感:
 魯迅は若くして父を失った。家産も傾いた。
それで科挙への勉強を辞めて、学費の要らぬ南京の西洋式学校に入った。
その後8年ほど日本に留学したが、その間に母親の願を叶えて親孝行のために、
母の選んだ文字も読めぬ女性と結婚した。そしてすぐ又日本に戻った。
父親という存在を失くした魯迅にとって、青年には父親が如何に大切か?
反対され、叱られたり、時には男としての意地から口論になったりするのも、
それを鑑として反省しながら、世の中に出てゆく。
最近(1930年代)の中国の青年は親父を馬鹿にすると聞いて、これを書く気になった。
心得違いだとしながらも、尊敬したり、馬鹿にしたりする対象として、親父がいる。
若くして居なくなったらとても悲しいことだ。
     2012/09/24訳
 
  
 
 
 
 
 

 
 

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