魯迅の翻訳と訳者の雑感 大連、京都の随想など
「吶喊」チェコ翻訳本の序言
世界大戦後、新興国家が沢山出現した時、我々は非常に喜んだのを覚えている。我々も同じように圧迫され、それにあらがってきた人民だからだ。チェコが興り、当然我々は大いに喜んだ:しかし不思議な事だが、我々はとても疎遠で、私など一人のチェコ人も知らないし、チェコの本も見たことが無く、数年前上海の店でチェコのボヘミアガラスを見たきりだ。
我々は互いに相手の事を余り知っていないようだ。しかし現在の一般状況からみると、決して悪いことではない。現在各国が互いに忘れがたいというのは、必ずしも交情がとても素晴らしいからとは限らぬからだ。無論、人類は一番良いのは、互いに隔たりが無く、互いに関心を持つことである。最も平らで正しい道はといえば、文芸で通じ合う事だが、残念ながらこの道を歩む人は少ない。
思いがけぬ事に、訳者は最初にこの任務を試そうという光栄を得、私の物も加えられた。私の作品はこれによってチェコの読者の目の前に展開され、私にとって、実に他の広範な言語に訳されるより更にうれしいことである。思うに、我々両国は、民族は異なり、遠く離れており、往来も少ないが、互いに理解し合うことができ、接近できる。我々はかつて苦難の道を歩んで来、今もまだ歩んでいる――光明を探しもとめて。
1936年7月21日 魯迅
訳者雑感:魯迅は東欧の被圧迫民族の作品を多く翻訳している。それは彼らが清国末の中国人と同じように列強から圧迫され苦難の道を歩んでいたからだ。それをどのように文芸作品にして自国民に伝えるか、それが彼の出発点であった。今1936年、彼の死の数か月前に、チェコ語に翻訳されると聞いて、彼はとても喜んだことだろう。英仏などの言葉には早くに翻訳されていたが、チェコ語にも翻訳されるということが、それにもまして彼をうれしがらせたのだ。
今、上海か北京の魯迅館に各国語の翻訳本が展示されている。しかし、新華書店のコーナーには魯迅の作品の占めるスペースは段々狭くなっている。
2014/10/30記
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