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日夜浮かぶの翻訳雑感

魯迅の翻訳と訳者の雑感 大連、京都の随想など

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厳復と魯迅

天津の旧租界地が改革開放後に整理され、復旧保存されて観光名所的なスポットも
たくさん造られた。
そんな中で、厳復の旧居跡に彼の像が建てられていたので感心した。
福建出身の彼が14歳で父を失い、西洋の学問への道を歩みだしたのが、彼がその後
「天演論」など進化論を中国に紹介する踏み台となった。彼はその後天津の租界で暮らした。
紹興で生まれ、16歳の時、父の病死で南京の新しい学校に入った魯迅も、父親が存命だったら
多分そのまま科挙の勉強を続けて、医学や西洋の学問を学ぶことは無かったかもしれない。
彼はその晩年を上海の租界で暮らして一生を終えた。
清朝末期に福建や浙江という南方で青春を過ごした二人は、14-16歳という多感な時に
父を亡くして、旧来の儒教ー科挙の出世コースを歩むことを諦め、新しい学問に身を投じた。
時代がそうであったのと、家庭環境がそうしからしめた、という二つの要因が彼ら二人に
新しい選択をさせたと言えよう。
厳復の遺した言葉に、「尊民叛君、尊今叛古」という8字がある。民と今を尊び、王君や古くからの
ものに叛くのだ、との考えで、これは魯迅にもつながっている。

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