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日夜浮かぶの翻訳雑感

魯迅の翻訳と訳者の雑感 大連、京都の随想など

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「パリ解放」を読んで その3

「パリ解放」を読んで その3
 6.
パリの群衆、おもに女性たちが、参謀本部からパリ警視庁に移送のために、
両手を挙げて出てきたドイツ兵の軍服を破り、眼鏡・時計を奪い取ったということは、
何を意味するのだろうか?単なる憎しみから恨みを晴らすだけではないようだ。
 ドイツ降伏前後、ドイツ軍人の女であったということで、多くの女性が頭髪を剃られた。
そうされない為には、ドイツ人と親しくなかったことを群衆の前で示しておくことが、
大切なことであった。
 南仏のペタン政権及び北部フランスの傀儡政権でフランス人の生活を保ってきた、
政治家官僚はドイツへの協力者、売国奴とされ逮捕され処刑された。
そうされない為には、実はレジスタンスであったということを示す必要があった。
 話は日中関係に移る。9月中旬以降、国交回復40周年記念行事がすべて取り消され、
IMFの総会にすら大臣級2人が直前に不参加を表明し、国際世論の批判を受けた。
彼らは本来、参加して堂々と自国の意見を発表すべきだろうが、その機会を放棄した。
 これは何を意味するか?
日中戦争時代、日本に協力した人間を漢奸(売国奴)として所謂「漢奸裁判」にかけ、
多くの日本語を操る親日官僚たちが牢に繋がれた。
魯迅の弟周作人も、傀儡政権の下で日本人の妻とともに日本政府に協力したとして、
蒋介石政府によって獄に繋がれた。
その後、毛沢東政権になって、毛沢東に手紙を書き、自分は魯迅の弟で……
といろいろ弁明して釈放された。
新中国になってからも、反右派闘争から、文化大革命に至る深刻な「トラウマ」がある。
外国と関係がある、外国語を操る、外国に友人がいる、外国人と親しかったというだけで、
右派とされ、腐敗している臭い人間とされ、逮捕監禁され、獄死するものもいた。
 今回、尖閣を国有化した日本人と親しく面談したり、握手したりしている写真が残ると、
5年後10年後に、以前のような運動が再発した際には、同じような容疑で逮捕監禁される証拠を自らつくることになる。
 政府から公式に日本の要人と面談・握手してもよいとのお墨付きが出るまで、
彼らは、そんな危険を冒すことはしないだろう。
暫くは日中間の高官交流は難しいだろう。民間がそれをどれだけ補完できるかが鍵だ。
7.
 武漢の大学で日本語を勉強していた女性が、宿舎から出て来た時に、
「なぜ日本語を勉強するのか」と詰問され、女性は恐怖で震えた、と報じられていた。
 これを紹介した鳳凰テレビの許子東氏は、明治の日本人が西欧言語の漢字訳に果たした功績を紹介した後に、あまたの中国人留学生が、そうした日本訳漢字の言葉を通じて、
西欧の文化文明科学を会得したことをあげ、日本語を勉強することを否定してはならぬと語っている。現実は、多くの親が自分の子が日本語を学ぶのを望まなくなっている。
 日本商品の不買運動にとどまらず、観光や留学先として日本を敬遠するような動きは、上述の高官交流と同様、お上から公式に日本訪問、観光、留学問題なし、との公告が
でるまでは、なかなか元にもどることは難しい。
 
今回の青島や西安などの反日暴動で、店舗を掠奪し、日本車を破壊し、
中にいた中国人に重傷を負わせたりした。
魯迅は辛亥革命の時に、満清政府を倒す為というスローガン「滅満」を掲げて、
満州人政権を支えてきた、中国各地の地方政府を襲い、その財産を山分けした「革命党」
を描き、その延長として、その地方政府の高官や富豪の邸宅を襲って、その財産を奪い取るという場景を「阿Q正伝」の中で描いている。
革命党に入って、邸宅を襲撃し、家財を盗みだしたとして、彼は逮捕処刑されるが…。
今回のこの群衆の中にどれほどの阿Qがいたであろうか。
1911年の辛亥革命から百年経った今も、中国各地に阿Qが沢山いることが、
中国の現実であると認識せねばならない。
ロマン・ロランは魯迅に手紙を送って、「フランス革命の時にも阿Qはいた。
私はいつまでも阿Qのあの苦しげな顔つきをわすれることができない」と書いた。
 今回も、日本大使館などへのデモ行進を行ったのは、官製の「手当付き」のデモが
中心だったと伝えられているが、そうした「官許」が出たと誤解して、
山東や広東など各地で、暴徒化した群衆が、現代の「邸宅」であるスーパーを襲撃し、
商品を奪い去った。そして阿Qのように逮捕された。
デモで注目されたのは、毛沢東の肖像画と、「釣魚島は中国の物、薄熙来は人民のもの」
という横断幕であった。
 魯迅は「阿Q正伝」の初めにこれを書くことになった動機として、
「どうやら阿Qの霊が自分に乗り移ってきたようだ」と書いている。
阿Qの奴隷根性、弱いものに強く、強いものに負けても「精神的勝利」で逃げる。
それほど愚弱な自国民の精神構造を、なんとかせねばとの強い気持ちが無ければ、
あの作品は世に出なかったろう。
 しかし、今日の若者たちは「阿Q」など自分にはまったく縁のないものだと考えている。
自分たちの中に「阿Qの片鱗」が残っていることを認めたくないのだ。
      2012/10/22記

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