新月社中の批評家は、嘲り罵る(人:魯迅を指す)をとても憎むが、それは単にある種の人を罵ることに対してだけ、罵りの文章を書く相手に対してだけだ。新月社中の批評家は、現状に不満な人(魯迅)を認めないが、それも単にある種の現状に不満な者に対してだけ、只今現在の現状に不満な者に対してだけである。
これはきっと「その人の道で以て、その人の身を治めよ」(朱子の「中庸」の注)で、涙を揮って治安を維持せよという意味だ。
例えば殺人は良くないが、「殺人犯」を殺すのは、同じ殺人だが、悪いとは言えまい。人を殴るのもよくないが、大旦那がケンカをした男の尻を叩かせ、執行人に5回10回と殴らせるのは悪いとは言えない。新月社の批評家にも罵る者がおり、不満な者もいるが、罵りと不満という罪の外に超然としていられるのも、きっとこの道理だろう。
しかし例のように、手先とか執行人がこういう治安維持の任務を果たすのは、社会的に何がしかの畏敬を得られるし、更には何の妨げも受けずに、好きなように発言でき、若い人たちの前で威風を顕示し、治安をひどく妨害しない限り、長官は見て見ぬふりをしてきた。
現在新月社の批評家は、こんな具合で治安維持に努めているが、手に入れようとしているのは「思想の自由」に過ぎず、そう思っているのみで、決して実現しそうもない思想だ。そしてはからずも、別の治安維持法に出くわして、もはや考えることすら許されなくなった。これからは二種類の現状に不満を持つことになるだろう。
(1930年1月1日「萌芽月刊」)
訳者雑感:実名が無いので、当時のことを知らないと理解しづらい。出版者注で、新月社の梁実秋が、魯迅の「ユーモアと風刺の文章」で罵るのはダメで、「厳正」な批評をすべきと提唱していることを背景として知った上で読むとよく分かる。
もうひとつの「思想の自由」も当時の「思想統一」反対という主張がある。
これは国民党の思想統制のための別種の治安維持法の導入で、「党義への批判と総理を汚辱する」ことを許さないとしたもので、「人権と約法」などの文章を書いた胡適は教育部から「警戒」された、と注釈がある。
新月社の批評家たちは、当初は政府(長官)の黙認の下で、「厳正」な批評を発表することで、青年達に威風をみせつけ、権威的立場から魯迅たちを単に皮肉屋的な現状不満家として攻撃してきた(それが任務であるかのごとく)。
しかし、当の政府(長官:教育部)が、思想統制を始め、治安維持を厳格に
してきたため、彼らの任務はこれまでのようには果たせなくなった。それをよく認識しなされや、という事だろうか。 2011/06/25訳
[1回]
PR