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日夜浮かぶの翻訳雑感

魯迅の翻訳と訳者の雑感 大連、京都の随想など

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文芸と革命

文芸を擁護したい人は、革命地方で常に「文芸は革命の先駆者」というのを好むようだ。
 これは疑わしいと思う。外国ではそうかもしれぬが:中国の特別の国情からいえば、例外というべきだ。そうした国情を下記して同志に訊きたい。
1.革命軍。 まず先に軍があってはじめて革命ができる。すでに革命がなされた所は全て軍が先に来る:これが先駆者。将軍たちは少し遅れるかもしれぬが当然彼らも先駆者なのはいうまでもない。(その前に青年が潜入し宣伝し、或いは労働者が地下活動で支援したりするが、それらの人たちは大抵すでに死んでしまい、調べようもないので、ここでは論じないでおく。)
2.人民代表。 将軍たちが到ると、人民代表は駅に集まり歓迎し、国旗を手にスローガンを叫び「革命の気は大変濃厚になった」という。これが第二の先駆。
3.文学家。 そこで革命文学とか民衆文学、同情文学、飛翔文学、などが登場する。偉大で光明に満ちた期刊誌も出てきて、革命を指導する:これが――残念ながらそれでも構わぬ――第三の先駆。
 外国では革命軍が起こる前、迫害されて国外脱出したルソー、辺境に流されたコロレンコ…がいた。
 しいて楽観的に見たいというのならそれもいいかもしれぬ。というのも我々がいつも耳にするのは、所謂文学家が国を出るという記事を新聞で見るし、宣伝広告も目にする。詩や散文で見たりするから。まだ行動に移る前でも、「将来
学成り、帰国したら、大変素晴らしいことをしてくれるであろう」という予感を与えてくれるから。希望は誰しもが持ちたいものだ。
     12月24日夜0時1分5秒 (どういう意図で秒まで書いたのか?)

訳者雑感:
 魯迅は別のところで、革命軍の兵士として「起義」に参加して亡くなった無名の人たちの尊い命を弔う文章を書いたのちに、むやみやたらに行動を起こして犬死することのないように、との言葉を書いている。これは彼の文章を読むであろう文芸擁護者、文芸に携わる者へのメッセージであろう。
 しかし、また同時に文芸の役割は大変重要で、犠牲になった人たちの名は
忘れられても、文字で記録されたものは残る。文芸の役割はその意味で、第三の先駆にしか過ぎないが、それが無ければ、第一、第二の先駆の行動を誰もしることができないだろう。従軍記者、日露戦争などでの外国人記者などの文章や絵がなければ、「坂の上の雲」も書けなかったであろう。
2011/04/08訳

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