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日夜浮かぶの翻訳雑感

魯迅の翻訳と訳者の雑感 大連、京都の随想など

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 随感録 36


 随感録 36
 今多くの人がとても畏れていること;そういう私もそうなのだが、多くの人は「中国人」という名が消滅するのではないか、ということで:私が畏れているのは中国人が「世界人」から押し出されるのではないか、ということである。
 中国人と言う名は決して消滅しないと思う。少なくとも人種が残る限り中国人に違いない。例えばエジプトのユダヤ人のように、彼らが今なお「国粋」を保持しているかどうかに拘わらず、今でも(出)エジプトのユダヤ人と呼ぶし、この呼称を改めてはいない。これからすると、名を保存するのは、必ずしも労力や心を費やさなくてもいいようだ。
 だが私は今日の世界で、共に成長し、一定の地位を求めようとするなら、相当の進歩的知識、道徳、品格、思想を持たないと、しっかりした地歩を築けないと思う:これには極めて大変な労力と心を費やさねばできない。しかし「国粋」の多い国民は、更に一層大きな労力と心が必要だ。なぜなら彼の「粋」が大変多いからだ。粋が多すぎて特別なものになっている。とても大変特別なものだと、さまざまな人々と共に成長して地位を保つことが難しい。
 ある人は言う:「我々は別個に成長してゆこう:さもなくば、何を以て中国人とするか!」
 そんなことをしていては「世界人」の中から押し出されてしまう。
 そして中国人は世界を失うことになる。暫くはこの世界に住まねばならぬのに!
 これが私の大きな心配だ。
                      2010/09/10訳
訳者雑感:
 先の大戦後、イスラエルができるまで、ユダヤ人は(出)エジプトのユダヤ人と呼ばれていたそうだ。たしかに今の土地はもともと彼らがエジプトから脱出してきたところだ。
かといってエジプトである一定の場所で一定の地位を保持して生きていたとかどうかは、
知らない。今フランスを追われたロマ人は、もといたルーマニアに戻ろうとしても、ルーマニア政府からも拒否反応に遭っている。と言って今更出身地と言われるインド北部にも
もはや何の手ずるもないことだろうからEUという「世界」から押し出されたロマ人はどうすればよいのだろうか?
 1920年頃の中国大陸に住んでいた中国人は、帝国主義列強に浸食され、瓜のように切り分けられて、それぞれが外国と手を結んだ軍閥に支配されていた。魯迅の畏れていたのは、
民族呼称としてはユダヤ人のように残っても、世界地図の中から、中国という名前が押し出されて、消滅してしまう危機感であったろう。
 中華民族の伝統として世界で一定の地歩を築く。そのために大変な労力と心を費やすこと、それが自分の務めだと任じて書き続けたことと思う。
 今日の電子版の「一語驚壇」(9月8日付)に教科書から阿Qが削除されることに関して
10個くらいの投稿を掲載している。印象的なのを挙げると、
1.教科書から阿Qはいなくなったが、現実生活に阿Qがやって来た!
2.魯迅は今教科書から退場した。もう時代遅れとなったためだ。それでは、孔孟も退出すべきではないか? 警醒を失った民族は、将来、自分の進むべき道をうまく歩みだせないだろう。
3.魯迅を超えられないから、魯迅を追い出すことができないというわけでもなかろう!
魯迅の才がなくても、魯迅の文章を扼殺する権利は有しているから。
4.今欠けているのは魯迅のような鋭利な筆峰の文人、余計なのは:功徳を称賛するだけ
の提灯持ち。
 

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