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日夜浮かぶの翻訳雑感

魯迅の翻訳と訳者の雑感 大連、京都の随想など

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天津のコンプラドール その11

 

天津のコンプラドール その11

1.

前回、日本の石炭産業が民族資本の手で開発されたことが、日本経済の発展につながったことに触れた。グラバー邸で有名な英国商人グラバーは、1859年上海に来て、ジャーディンマセソン商会に入った。そこから長崎にやってきて、同社の長崎代理人という肩書きで、倒幕派の雄藩に肩入れして、大量の武器弾薬を売って大もうけした。彼は、内戦は当分続くとみて、武器を大量に仕入れた。が、鳥羽伏見の一戦だけで終わってしまい、江戸は無血開城。思惑がはずれた。雄藩からの代金回収も滞って資金繰りが悪化、維新後2年目に倒産してしまった。

グラバー商会は倒産したが、彼が肥前藩と共同開発した高島炭鉱の経営は、1870年に官営化され、そして後藤象二郎に払い下げられたが、後に岩崎の三菱に買収されてからも、その経営ノウハウを買われ、所長として活躍していた。三菱の高島炭鉱買い戻しで、日本郵船三菱の発展へとつながった。

一方、中国は李鴻章の肝いりで創設した商船会社への石炭供給のために開山した開ラン炭田(当初は開平)が義和団の事変のドサクサにまぎれて、イギリス資本の手に渡ってしまった。このときに鉱山で働いていた外国人技師は、スタンフォード大学で地質学を専攻し、後に大恐慌にみまわれた米国大統領フーバーだった。彼は1900年6月、天津で義和団に包囲攻撃されている。

彼は、開平鉱務局の監督官庁のトップだった張翼の命で、開平に派遣されてきた天津税関司のドイツ人と相談した。張翼は、八カ国聯軍が浸入してきて、炭鉱を破壊し、石炭が採掘できなくなることを恐れた。それで、炭鉱にイギリス国旗を掲げることが、八カ国聯軍の攻撃から身を守る手段と考えた二人の進言に同意し、炭鉱の全資産を英国資本に譲る契約に調印した。

彼は中英両文の内容が符号していないデタラメな契約にサインした。この間のいきさつは省くが、監督官庁のトップが、自分の責任を回避し、尚且つ石炭採掘から得られる「利権収入」という上手い汁の確保にいかに汲々としていたかが分かる。

自分の任期中に、鉱山が破壊され、採掘が止まってしまっては、目論んでいた収入の道が絶たれてしまうのだ。その後、この騙し取られた開平炭鉱の周囲に、もともと開平炭鉱の経営に関与していた周学熙という天津一の実業家がラン州炭鉱を開いて、開平をイギリス人から取り戻して「開ラン炭鉱」とすることができたのは後の話。

2.

1949年に劉少奇が毛沢東からモスクワ行きの指示を受けたのは、開ラン炭鉱視察中であった。私が天津の旧金融街の一角に、開ラン炭鉱の石造りのがっしりとした本社ビルを見たのも、何かの縁かもしれない。日本と中国の間にLT貿易が始まった頃は、私の会社もこの開ラン炭を輸入していた。私が北京駐在のころも続いていて、秦皇島積みとして2-3日で到着するので、日本の需要家から好評を博していた。

その後、円借款により、山西の大同から秦皇島まで鉄道が敷設され、港は近代的な石炭積出港に変貌した。山西省の有望な炭田が、ロングウオールなど近代的な設備を投入して、幾つも開発された。山東、河北産だけでは足りず、山西省の無数に近い炭田の開発が行われ、最近では内モンゴルなどにも拡大していった。

30年前の出炭量は数億トンであったが、最近では25億トンと10倍にもなっている。鉄鋼業だけでも1トンの銑鉄生産のために約0.5トンのコークスを使う。その鉄鋼生産が、5千万トンレベルから5億トンと10倍になったのだから、鉄鋼向けだけでも相当なものだが、発電用とかセメント用とか中国の殆ど全産業に使用されてきた。

私が90年代に、河北省の邯鄲の近くの製鉄所を何度も訪問したころは、人頭大の大きさの塊炭を満載したトラックの列が、隣の山西省から、省境の山地を越えて、何時間もかけて、延々と輸送されていた。鉄鉱石は不足し始めていて、大半を輸入に依存せざるを得なくなっていたが、石炭は隣の山西省にいくらでもあるから安心だと豪語していた。

その後、外国の借款も利用して石炭輸送用の鉄道がどんどん敷設され、スラリー輸送なども検討された。しかし何といっても、運河での輸送がもっとも競争力があった。今春、重慶から三峡下りをしたとき、最終貯水目標の標高185メートルにまであと数メートルくらいのところまできていた。昔の映像でみた、グングンと後の波が前の波を押し出すような、ダイナミックさは完全に失せていた。李白の有名な、千里の江陵一日にして還る、という醍醐味はなくなってしまった。

そのために、流れの鎮まったダム湖の両岸には、水面から30メートルくらいのところに、貯炭場が何ヶ所も何ヶ所も設けられていた。そこへ近隣の炭鉱からトラックで運ばれた石炭が、次々に落とし込まれていた。水面の近くまで伸びたシューターで、千トンクラスの石炭船に流し込まれ、三峡ダムの水門を通って、武漢、上海まで運ばれると言う。

一旦乗せてしまえば、これほど輸送費のかからない運搬船に勝てるものはない。帰りは工業製品や日用品を積んで遡上するが、重慶までは湖のようなものだ。五大湖とセントローレンス河を行き来する小麦や石炭などを運搬するレーカーを彷彿させる。

三峡が五大湖に変じたようだ。とてつもない長さの湖。ただナイアガラの滝は眺められないのが残念だ。そのうち中国のことだから、ダムの堰から大放流して、観光客を呼び寄せることもするかな。

3.

数年前から今年にかけて、山西はじめ全国至るところで 炭鉱事故によって

数え切れないほど多くの人命が失われている。

政府は私企業の安全対策を無視した採掘をやめさせるべく、厳重に取り締まっているが、私企業のオーナーは、事故のあった炭鉱は閉山し、またすぐ近くの炭鉱を新しい会社名で採掘開始する。

山西には「煤老板」という言葉がある。戦後の日本で三橋美智也が歌って流行した、「おいらはナー生まれながらの炭鉱夫」という歌に典型的なように、

当時、石炭は「黒いダイヤ」と呼ばれて、九州の筑豊炭田を中心に、個人オーナーの経営する炭田がいくつも開山した。山西ではその規模といい、その凄まじさといい、筑豊などとは比べようもないほどの炭田が、次からつぎへと開山され、閉山されている。それらは皆「煤老板」といわれる、炭鉱おやじ、とでも訳すべき、「石炭成金」の手になるもので、その炭鉱親父が五万といる。データによれば年産一定規模の炭鉱は3万社以上あり、その内、神華など大手5社の占有率は10%に過ぎない。25億トンの内、90%22億トンは3万社の炭鉱おやじの手で採掘されている。

彼等炭鉱おやじたちは、表面上は名前を出さない。地方政府の採掘権を認可する役所に勤務している役人と、共同してというかグルになって、次から次へと採掘のしやすい炭田を掘りつくしては、移ってゆく。あたかも焼畑農業のごとくに。

どういう手口かといえば、例えば雲岡石窟で有名な大同の近くの村の役人に、この炭鉱おやじは、採掘の許可証を得る為に、通常の国の定めたロイヤルティ以外に相応の賄賂を渡す。それで、採掘会社を設立し、そこの社長には、別の鉱山で働いていた男を据える。自分は出資して、機材を調達し、産出された石炭をコストで引き取って、もっとも高く売れるところへ販売する。事故が起これば、すぐ閉山して責任はその男に転じて、本人は次の炭田の投資に移ってゆく。石油の値段が信じられないほどの勢いで暴騰したのに伴って、石炭の価格も、龍の飛翔する、がごとくに跳ね上がり、炭鉱おやじはぼろ儲けした。

10年ほど前、日本の製鉄会社の役員から、中国の出炭量があっという間に10億トンを超えたとき、いったいどういうことかね、と聞かれた事がある。

日本でもピークには、6千万トンくらいは出炭していたが、2-3億トンから一気に10億トンを超すことがそんなに簡単にできるとは信じられなかった。

豪州でも 何億トンも増産しようとすると、鉄道とかインフラなどの整備に長時間を要す。また環境問題などで地域政府の認可も簡単には下りない。

石炭産業の民営化以後、こんな会社ばかりが、雨後の筍のようにぞくぞくと現れた。これが先ほど述べた30年間で出炭量がかくも増大した原動力なのだから、これがなかったら、増産のスピードはかなり押さえられたにちがいない。

4.

最近になって、こうした状況が目にあまるようになったので、山西省政府は

「国進民退」政策を打ち出してきた。即ち、中小規模の炭田から民間資本を撤退させ、省がその炭鉱を買い取って30年前のように国営に戻すというのだ。

一旦 民営化した郵便局も、いろいろ不具合がでてきたので、見直すという日本の思考方法を採用しようとしているかもしれない。

確かにすべて民に任せてしまった結果、事故は続発するは、環境はむちゃくちゃになるはで、10年後20年後には石炭の山西といわれていた石炭王国は、

事故を起こして閉山させられ、ボタ山の炭鉱跡ばかりとなってしまうだろう。

大型で近代的な炭鉱の多い内モンゴルなどに負けてしまうことになろう。

国営時代も無駄が多く、決して問題が無いわけではなかったが、労働者の生命は大事にされ、危険な坑道には入ることを拒否できる権利も保証されていた。また、民営のような、ルーズな環境無視の採掘は禁止されていた。

民に任せると、商人である「煤老板」は利益追求に走り、偽の報告書を提出して、政府をあざむき、採掘権が賄賂の対象となって、官吏もその賄賂のために腐敗する。まさしく官民癒着とは、山西の炭田にその真骨頂を見る。

開ラン炭鉱でも、イギリス人、ドイツ人 アメリカ人などが入り乱れて、採掘権をめぐって 血なまぐさい法廷闘争がなされた。国営であるべきものを民間に払い下げたとたんに、すべてハイエナのように貪欲な異民族と身内の中の腐敗した連中に、いいようにされて、富を持っていかれてしまった。

官吏が任期中に、石炭採掘のための利権を付与することで賄賂同然の別途収入を稼ぐことに血眼になる。給与はたかが知れているので、給与外収入の最大化に懸命になり、商人は利を追求することのみに全精力を傾け、安全装置や計画的な採掘など二の次となる。もちろんこの背景には、凄まじい勢いで成長してきた、過去30年の経済発展がベースにある。この経済発展の過程で、数億トンから25億トンにまで増産された石炭が、がぶ飲みされた。20年間で十倍にも増産できたのは、こうした役人と炭鉱親父の上手い汁を吸えるという仕組みがなければ、実現できなかったであろう。もちろん、石炭価格の急上昇と、需要の急拡大がその底にあったのが、原動力であることは間違いない。

官が監督し,民が弁じるのは しっかりとした法制度に基づかねばならないが、そうした社会環境の破壊を無視した違法行為を取り締まる法律は、名はあっても、実施には程遠いところに放置されてきた。監督官庁の役人になる人間が、自ら法の網をかいくぐって、私腹を肥やすことに専念するという、民族的伝統を、どうしたら打破できるか。私の友人の言に依れば「あのね、中国でね、

長というポストに就いたら、好処(うまい汁)を吸わずにはおられないのよ。」

周りがそうするし、そうしない長はすぐ追い出されて、ポイさ。」との由。

この国で、役人になるための試験に合格したいという人間は、有名大学を卒業して、過去の科挙の試験に合格するのと同様の難関が待っている、と報道が騒いでいる。それで親たちは有名進学校を目指して、小学校から家庭教師をつけている。いずれも、その目的はうまい汁の吸える長になるためである。

科挙については、弊害も甚だしかったが、導入された時点での目的は、それまでの世襲制の弊害を無くし、誰でもが受験でき、優秀な役人を採用して、国のために、皇帝のために働いてもらうためであった。だが、国や皇帝のために働いたのはほんの一握りに過ぎず、大概は私腹を肥やすことに専念したという。

世襲もだめだが、科挙と同様の今の公務員試験もなあ。

5.

以前、杭州の学校は、公立の学校を民営化し、高い授業料を取って、有名大学への進学率が格段に向上したと、宣伝されていた。それが最近、教師たちが放課後にお金をとって予備校まがいのような商売を始め、いろいろな弊害が指摘された。

それで、民営化した学校を、もとの公立の学校に戻し、授業料も従来どおりにすると発表した。元来、国の税金で建設した学校を、民間に払い下げて、民間経営にして、優秀な教師を集め、高い授業料の払える親から、成績の優秀な学生を選抜して、私立学校にするというのは、言語道断だと非難の声が上がっている。

湖南省や湖北省でも、一つの学校の中に、優秀な生徒だけを集めて、クラスを編成し、一般より高い授業料を徴収して、いい先生をそろえて、進学率を高めた、という学校が糾弾されて、そうしたエリート教育は許さないと、報じられている。が、実態は、「某実験小学とか、実験中学」という名目で、進学校を作って、教師は塾まがいの教授方法で 給与の何倍もの収入を得ている。

こうした報道に接するたびに、私は、長年の共産党員でもある、私の友人に

解説と、解読を求める。

彼は、大きく嘆息しながら答える。

「我が民族は、名と利と二つながらに富、栄えることを、一生の目標に生きてきた伝統があるのさ。」

「名とは何か。政治的、文化的に後世に伝わるようなことをして、名を残すこと。これが歴代の詩人がほとんど官僚でもあったことの説明にもなる。」

「そして、その政治生命を長く保ちたいなら、李鴻章もそうしたように、政敵に、追い落とされないために、軍事力と資金を蓄えなければ、いつかはやられてしまうということを、身にしみて会得しているからさ。」

「昨年のオリンピックの開会式に女の子が歌った唄、知っているだろう。

五星紅旗は、風を受けて、翩翻とはためく。勝利の歌声はたからかに鳴り響く。

ただ今から我が民族は繁栄と富強へ邁進するのだ」、と。

「繁栄と富強というよりは、繁栄と腐敗に近いがね。」

 

2009年10月29日 大連にて

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