魯迅の翻訳と訳者の雑感 大連、京都の随想など
思うに、人は確かに事実から新しいことを悟り、状況もそれによって変化する。宋代から清末までの長い間、聖賢に代わって専ら「製芸(八股文)」で建言するという頗る難しい文章で以て、士を採用してきたが(科挙で官僚候補を選抜)、清仏戦争に負けて初めてこの方法が間違いだったことに気付いた。それで西洋に留学生を派遣し、兵器製造局を開設し、改善しようとした。これに気付いてもまだ不十分で、日清戦争に負けて学校を作ることに注力した。それで学生たちは年々おおいに騒ぎ(問題を起こした)。清朝が倒れ、国民党が政権を掌握して、やっとこの間違いを悟り、その改善の手段として、監獄をいっぱい作ったが、それ以外何もしなかった。
中国でも伝統的な監獄は古くから各所にあったが、清末に少し西洋式、即ち所謂文明的な監獄を作った。これは旅行でやってきた外国人に見せる為で、外国人とうまく付き合って行くためであって、文明人の礼節を学ぶために特別に派遣した留学生と同じ類だ。
このお陰で犯人の待遇もよくなり、風呂やある程度の飯も与えたから、とても幸福な所となった。だが2-3週前、政府は仁政を施すとして、囚人向け食糧をかすめることを禁じる命令を出した。それで更に幸福になった。
旧式監獄は、仏教の地獄に倣ったようで、犯人を禁錮するだけでなく、苦行をなめさせた。金を取り上げ、犯人の家族からも絞り取るなどで、時にはその両方を行った。だが皆当然だと思っていた。もし誰かそれに反対でもしようものなら、犯人に味方したとして悪党の嫌疑を受けた。(当時国民党は共産党を「匪党」と蔑称していたことを踏まえて、「悪党」という言葉を反語的に使った:出版社)
だが文明は不思議な進歩をするものとみえ、去年犯人を一度帰宅させて、性欲の解決の機会を与えるべきだ、と頗る人道的な説を提唱する官吏も出た。これは何も犯人の性欲に特に同情しているわけではなく、これまで何も実行できていないから、一つ花火をあげて、自分がそういう存在を示したかっただけだった。しかし世論は沸騰した。評論家のある者は、そんなことしたら牢獄を怖がらなくなり、喜んで入獄するようになるからよくないと、世道人心のために憤慨した。所謂聖賢の教えを受けてかくも久しいのに、あの官吏の様な無責任なものがいないのは、真に頼りになるが、彼の意見は犯人に対して虐待を加えねばならぬということが分かる。
別の面から考えると、監獄は確かに「安全第一」を標語にする人の理想郷にほど遠い所でないこともない。火災はごく稀、泥棒も来ないし、土匪きっと偸みに来ない。戦争になっても監獄が爆撃の標的にはならず:革命が起きても囚人を釈放する例はあるが、屠戮することはない。福建独立の当初、犯人釈放と言う説もあったが、外に出ると、彼らと意見の異なる連中は逃げ出したという謡言もあった。然しこんな例は、昔は無かった。要するに、けっしてそんなひどい所ではないということ。家族帯同が許されれば、現在のような大洪水、大飢饉、戦争など恐怖の時代、中に入って住みたい人もいないとは限らぬ。それで虐待が不可欠となる。
(ウクライナ人の)Noulens夫妻は赤化宣伝をしたとして、南京監獄に入れられ、絶食を3-4回したが何の効果も無かった。これは彼が中国の監獄の考えをよく知らないせいだ。官員が訝しく思い:彼が食べないのは他の人に何の関係があろうか?只単に仁政と無関係のみならず、食糧も節約でき、監獄にも有益だと考える。ガンディの計画も興行場所を選ばねば効力は無い。
しかしかくも完美にちかい監獄にも欠点はある。これまで思想的なことは全く留意されてこなかった。この欠点を補うため、近来「反省院」という特殊監獄を新たに作り、教育を施した。私はまだそこへ行って反省したことが無いから、詳細は知らぬが、言うならば、三民主義を時々犯人に聞かせ、自分の誤りを反省せしめるようだ。この外に、共産主義を排撃する論文も書かねばならぬ由。もし書かないとかやれないというと、当然のことだが、終身反省せざるを得ぬし、格式にあわねば、死ぬまで反省せねばならぬ。今現在入っていった者もおり、出て来た者もいるが、反省院を増やさねばならぬというから、入る者の多いのが分かる。試験を終えて放出された良民にたまたま会うことができたが、大抵はとても委縮させられてしまったようだ。多分反省と卒論の為に力を使い果たしたのだろう。その前途に希望は無い。 (日付記述ないが1934年3月に発表された)
訳者雑感:この三編は日本の雑誌「改造」に日本語で「火、王道、監獄」として載せた物。
この中で触れられている「性欲問題解決のための一時帰宅制度」は1933年4月4日の「申報」に司法界の某要人談として、…壮年の犯人の性欲問題云々として引用されたような提案をしている。人民は罪を犯したら自由は失うが、性欲はこれを奪ってはならぬ…、欧米文明国家には、犯人に休暇が与えられている…、と。日本ではどうだろうか?
仮釈放とか保護観察とか、犯罪者の更生という観点からだろうが、そんなことしたら喜んで監獄入りを希望する連中が増えて、満杯になってしまうだろう。
中国では最近犯罪者が増え、判決後すぐ処刑するという例が多いそうだ。犯罪者用の食糧をかすめ取るふらちな行為が起こらぬように獄舎での待機期間を短縮するものか)
2013/08/01記
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